私が最初に仕事を辞めたのは、脳出血の前のことでした。
甥が突然亡くなり、自分自身も潰瘍性大腸炎が悪化して下血が続いていました。体が限界を超えていたことに加え、施設長との仕事への向き合い方の違いも大きくなっていました。そのまま続けることができなくなり、退職しました。
失業保険を受けながら、ゆっくり過ごした
退職後は1年以上、失業保険の給付を受けながら過ごしました。あの頃は久しぶりに自分のペースで生活できた時期でもありました。
この家(中古)を購入した理由の一つに、近くに大きな公園があるからでした。「仕事の合間に散歩できる」と思っていたのに、現実は忙しくてほとんど行けず、桜祭りさえも行けない年が続きました。退職後は、ようやくその公園に足を運べるようになりました。桜を見ながら歩いたあの時間は、今でも穏やかな記憶として残っています。
でもあの時期に一番頭にあったのは、甥のことでした。「甥の死を無駄にしたくない」という気持ちが、常にありました。どうしたら無駄にならないのか。それだけを考えていた時期でした。

甥の遺品と向き合った日々
まだ金銭的な余裕があり、体調も回復しつつあったため、妹の代わりに甥の遺品を少しずつ片付けることにしました。時間をかけて、思い出しながら向き合いました。
甥の部屋にはたくさんの本が並んでいました。ノートを開くと、マーケティングについてびっしりと書かれていました。夢に向かって真剣に学んでいたのです。その文字を見たとき、胸がいっぱいになりました。
一番つらかったのは、写真の整理でした。顔を見るたびに涙が溢れ出て、なかなか進めませんでした。結局私にできたのは、写真だけをひとまとめにして箱にしまうことだけでした。それが私の精一杯でした。
時間をかけて丁寧に向き合えたことは、今思えばよかったと思っています。でも「生きているうちにもっと時間を共有しておけばよかった」という後悔は、今も消えません。
パートとして職場に戻った
しばらくして、施設長が異動になったという知らせが届きました。元の職場の仲間から「戻ってこないか」と連絡があったのです。
ちょうど失業保険もそろそろ終わる頃でした。体調も回復していたし、「忙しくしていた方が余計なことを考えなくて済む」という気持ちもありました。パートとして復帰することにしました。
でも復帰してから1ヶ月半ほどで、脳出血で倒れました。
あの日の出来事が決定打になった
退院後、看護師として復帰してからある日、車椅子から離れて転倒している入居者を発見しました。
以前の私なら、すぐに車椅子に乗せるか、ベッドに移動させるか、自分で対応できていました。
でもその時の私には、誰かを呼ばなければ対応できなかった。
その瞬間、こんなことを考えました。
「もしこれが心肺蘇生をしなければならない状況だったら、私は果たしてできるのだろうか」
看護師として積み上げてきた自信が、音を立てて崩れていくような感覚でした。患者さんの命に関わる現場で、自分が全力で動けない。その現実と向き合ったとき、続けることへの迷いが確信に変わりました。
誰にも相談しなかった
辞めることは、誰にも相談しませんでした。家族にも、上司にも。
「タイムバケット」という考え方を知ってから、残りの人生で何がしたいかを自分自身に何度も問いかけました。不思議なことに、自分のことだけを考えようとすると、先に浮かぶのは両親のこと、甥や姪のことでした。自分自身のことだけを考えるのが、こんなに難しいとは思いませんでした。
それでも何度も問いかけた末に、辞めることを決めました。
自分にできることを問い続けた
仕事を辞めてから、自分が看護師であることを人に言いたくなかった時期がありました。
むしろ隠していました。現場に立てなくなったという引け目があったのかもしれません。
それでも「自分にできることは何だろう」と、何度も自分に問いかけ続けました。
でも答えはいつも同じでした。私にあるのは、看護と介護の経験だけ。それ以外に積み上げてきたものが、なかなか思いつかなかったのです。
そこから少しずつ視点が変わっていきました。脳出血を経験したこと。断捨離を通じて生活を整えたこと。甥の死をきっかけに始めたゴミ拾い。食事に気をつけるようになったこと。これらは誰でも経験できることではない。自分にしか書けない話があるのかもしれない。そう思い始めたのが、ブログの再開でした
仕事を辞めて初めて、自分の人生を振り返る時間が持てました。
辞めてよかったこと
辞めてよかったと感じる瞬間があります。
朝、海を見ながら散歩する時間。母と一緒にゆっくり過ごすこと。あのゆるい時間の流れが、今はとても心地よいのです。
また仕事を再開したら、きっとまた同じように悩んで、体力的にも限界を超えてしまう気がしています。今の自分には、このくらいのペースが合っていると感じています。
後悔していること
正直に言うと、後悔があります。
一番大きな後悔は、金銭的なことではありません。
脳出血を発症する前から、自分はいくつもの持病があるため「在宅でできる仕事に切り替えたい」と考えていました。定年後も、働く時間を少しずつ減らしながら働き続けたいとも思っていました。
でも結局、仕事が忙しくてずっと後回しにしてしまいました。
あのとき少しでも動いていれば、脳出血で倒れた後の生活はもう少し違ったかもしれない。それが今でも一番悔やまれることです。
そしてもう一つ、正直に言うと、どこかで「親の介護は自分にはまだ先だ」と思っていた節があります。看護師として介護の現場にいながら、いざ自分の身に降りかかったとき、こんなにも大変だとは想像していませんでした。
金銭的な不安ももちろんあります。仕事を辞めたことで収入がなくなり、年金を繰り上げ受給することにしました。今は母と一緒に暮らすことで生活を安定させていますが、自分が一人になったときの老後のことを考えると、不安がないとは言えません。孤独感よりも、老後への不安の方が圧倒的に大きい。それが正直なところです。今は少しずつ株の勉強をしたり、在宅でできる副業がないかを模索しています。
「備えは早いほどいい」それは頭ではわかっていました。でも人はなかなか動けないものです。だからこそ、今この記事を読んでいる方には、少しでも早く動いてほしいと思っています。
介護離職を考えている人へ
辞める前に、知っておいてほしいことがあります。
まず使える制度を確認してほしい
- 介護休業制度 最大93日間、介護のために休業できます
- 介護休暇制度 年5日(対象家族が2人以上なら10日)取得できます
- 短時間勤務・在宅勤務への変更 会社に相談することで働き方を変えられる場合があります
- ケアマネジャーへの相談 介護サービスを増やすことで、仕事を続けながら負担を減らせる場合があります
辞めた後の現実
- 収入がなくなることで、精神的な余裕が失われやすくなる
- 年金の繰り上げ受給は、生涯受給額が減る
- 介護が終わった後に再就職が難しくなる場合がある
- 社会とのつながりが薄くなりやすい
後悔と、よかったが両方ある
「正解だった」とは言い切れません。でも「間違いだった」とも思っていません。
あのとき無理を続けていたら、今ここで母と穏やかに過ごすことはできなかったかもしれない。海を見ながら散歩することも、こうして文章を書くことも、なかったかもしれない。
介護離職に正解はありません。大切なのは、辞める前に使える制度を知っておくこと。そして辞めた後の生活を、少しでも具体的にイメージしておくことだと思います。

