元看護師として老人病棟・一般病棟・老人施設で長年働いてきた私が、終末期について正直に書こうと思います。
難病を抱える60代独身の私にとって、これは他人事ではありません。だからこそ、現場で見てきたこと、感じてきたこと、そして自分自身の選択を包み隠さずお伝えしたいと思います。
ホスピスと緩和ケアの違い
「ホスピスと緩和ケアって何が違うの?」と思う方も多いと思います。私自身も改めて整理してみました。
- 緩和ケア:痛みや苦しさを和らげることを目的とした「ケアの考え方・方針」。病院でも在宅でも受けられる
- ホスピス:その緩和ケアを専門に行う「場所・施設」のこと
日本では「緩和ケア病棟=ホスピス」とほぼ同じ意味で使われています。「違いがよくわからない」という方が多いのは当然で、実際にはほぼ同じものと考えて差し支えありません。
忘れられない患者さんの話 見た目で判断してはいけない
看護師として長く働いてきた中で、今でも忘れられない患者さんがいます。
救急搬送されてきた60代後半の女性。同行してきたのは息子さん。搬送されてきた時、私は思わず「えっ」と声を飲み込みました。手足の爪は伸び切り、髪は乱れ放題、栄養状態も悪い状態でした。生活保護を受給されている方でした。
正直に言います。私はその時、息子さんによるネグレクト(育児・介護の放棄・怠慢)ではないかと感じていました。高齢者へのネグレクトは、食事を与えない・入浴させない・病院に連れて行かないなど、外見に現れやすいものです。だからこそ私は、見た目で判断してしまいました。担当の先生も他のスタッフも、おそらく同じ気持ちだったと思います。
だからこそ、先生からの延命治療・人工呼吸器装着の説明に対して、息子さんが「お願いします」と即答した時、私は驚きました。私はその時点で「助からないだろう」と思っていました。他のスタッフも同様でした。
ここで一つ知っておいていただきたいことがあります。日本では人工呼吸器を装着した後の取り外しは、倫理面・法的な観点から慎重な判断が求められるため、非常に難しいケースが多いのが現状です。
取り外すことが「積極的な死の幇助」にあたる可能性があるためです。つまり装着するということは、そのまま最期まで続けるという選択でもあります。だからこそ、急変した瞬間に迫られる「つけますか?」という問いは、家族にとって非常に重い決断なのです。
その女性はその後、山を越え、最終的に息子さんに連れられて退院していきました。後からわかったことですが、息子さんは毎日ではないものの面会によく来ていました。
外見だけで人を判断してはいけない。この経験は今も心に残っています。
そして同時に、「助からないだろう」と内心思っていた私も深く反省しました。
命を救うことを諦めない。看護師としての原点を、この患者さんに改めて教えてもらった気がします。どんな状況であっても、目の前の命に全力で向き合う。それが看護師としての自分との約束だと、あの日改めて誓いました。
蘇生のその後を、若い頃は考えていなかった
若い頃の私は、心肺蘇生をして一命を取り留めることに必死でした。「助かった」とほっとして、その後のことをあまり深く考えていませんでした。
でも経験を重ねるうちに、考えるようになりました。医学の進歩で命は確かに長らえることができます。でも寝たきりで全介助が必要な状態、植物状態、感情だけが残っている状態。
そういった患者さんを見るたび、胸が痛みました。特に辛かったのは、小さなお子さんのいるお母さんが植物状態になったケースです。
奥様が寝たきりで食事も何もかも全介助が必要、でも感情は残っている。
そういう状況を間近で見てきました。患者さん側だけでなく、残された家族側からも「生きるとは何か」を何度も考えさせられました。
胃ろうについて 選ばなかった家族へ
以前は医師も積極的に勧めていた胃ろうですが、私が働いていた現場では、以前より積極的に勧められる場面は少なくなったように感じました。
時代といえば時代ですが、医療現場にいない一般の方でも「胃ろうはしない方がいい」という知識を持っている方が増えました。
ただ、現場で一番難しかったのは、胃ろうを「選ばなかった家族」への対応です。
胃ろうを選ばないということは、家族にとって「自分が選ばなかったことで命が短くなるかもしれない」という重荷を背負うことになります。その罪悪感は相当なものです。
私がそういった家族にお伝えしてきたことは、ごく普通のことです。
- 顔を拭いてあげる
- 爪を切ってあげる
- 話しかける
- 部屋を掃除して、花を飾る
特別なことは何もありません。でもそれが、残された時間を共に過ごすということだと思っています。
DNRとは何か 点滴の種類も知っておいてほしい
DNRとは「Do Not Resuscitate」の略で、心肺停止になった時に蘇生処置を行わないという意思表示のことです。DNRの運用や説明方法は、医療機関や施設によって異なる場合があります。
主に以下の処置を「しない」選択をします。
- 心臓マッサージ(胸骨圧迫)
- 人工呼吸器の装着
- 気管挿管
- 電気的除細動(AED的な処置)
DNRはあくまで「蘇生処置をしない」という意思表示であり、点滴・痛み止め・酸素投与など、苦痛を和らげるケアは続けられます。「何もしてもらえない」ということではありません。
ここで一つ、現場でよく感じる家族の誤解についてもお伝えしたいと思います。それは点滴の種類についてです。
- 水分補給の点滴:生理食塩水などで、あくまで水分を補うだけのもの。栄養はほとんど含まれていません
- 高カロリー輸液:脂質・糖質・アミノ酸などを含み、食事のかわりに栄養を補給するもの
「点滴をしているから栄養がとれている」と思っている家族がいますが、水分補給だけの点滴では栄養は補えません。逆に高カロリー輸液を続けることで、終末期に体に負担をかける場合もあります。わからないことは遠慮なく医師や看護師に聞いてください。「今の点滴は何のためのものですか?」と聞くことは、おかしいことでも失礼なことでもありません。
施設でのDNRの現実 夜中の電話で判断を迫られる家族
施設ではDNRの方に対して救急車を呼びません。入居時に家族へDNRかどうかの確認をしますが、長く入居されているうちに家族の気持ちが変わることもあります。それは当然のことだと思います。
一番大変なのは、DNRではない入居者が急変した時です。家族に電話をして、救急搬送するかどうかを確認しなければなりません。突然の夜中の電話で、その場で判断を求められる家族の戸惑いは、想像に難くありません。
同じ方が2〜3回救急搬送されるケースも少なくありません。その都度、医師や看護師は「次に同じことが起きた時はどうしますか」という確認をするようにしていますが、急変した直後の家族にとっては非常に辛い問いでもあります。DNRでなければ、救急車が来るまでの間、心肺蘇生を続けます。その場面のひとつひとつで「生きるとは何か」を考えさせられます。
夜中に突然電話がかかってきて、即答できる家族はほとんどいません。だからこそ、本人が元気なうちに家族と話し合い、意思をはっきりさせておくことが、家族を守ることにもつながります。
施設を選ぶ時に一番確認してほしいこと
施設で働いてきた経験から、一つだけ強くお伝えしたいことがあります。
その施設で看取りができるかどうか。
死期が近づいた時に家族が泊まれるのか、面会時間に融通が利くのか。ここを入居前に必ず確認してほしいのです。
コロナ禍で、この問題を痛感しました。私が勤めていた施設でもクラスターの危機があり、面会をどうするか本当に頭を悩ませました。感染リスクと、最期のお別れをしてもらいたいという気持ちの間で。最終的に、時間を決めて面会を続ける方針を選びました。
最期に家族に会ってもらいたい。その気持ちが強かったからです。幸いクラスターは発生しませんでしたが、あの判断が正しかったかどうかは今でもわかりません。
面会については、職員の中でも意見が分かれることがありました。感染のリスクを考えて反対する職員もいました。それでも、最期が近づいた中で面会を受け入れると決まった時、スタッフは多忙な業務の合間を縫って、部屋の環境を整えたり、声かけをしたりと、本当に一生懸命対応してくれていました。
面会時間は1回あたり10〜15分ほどだったと記憶しています。時間が来るとスタッフが声をかけて面会の終わりを伝え、窓を開けて空気の入れ替えをする。そんな細やかな対応をしてくれていました。あの判断が本当に良かったのか、今でも正直わかりません。それでも、最期に面会できたご家族は皆「ありがとうございました。最後になるかもしれないけれど、お話しできてよかったです」と言ってくださいました。
その言葉を聞くたびに、多忙な中でも対応してくれたスタッフの皆さんには心から感謝しています。
施設を選ぶ時は、こうした現場を支えてくれるスタッフの存在にも、ぜひ目を向けてみてください。
施設の方針は、管理者や会社によって大きく異なります。多くの命に関わる判断だからこそ、簡単に答えが出るものではありません。だからこそ入居前に、看取りの方針を家族でしっかり確認しておくことをお勧めします。
「家族に迷惑をかけるから」 この言葉が一番辛い
看護師として、一番胸が痛むのはここです。
「本当は生きたい。でも家族に迷惑をかけるから」と、自分の本当の気持ちとは違う選択をしようとしている方に出会うことがありました。
患者さん本人が本当に望んでいることが何なのか。言葉と態度が一致しない時、看護師としてどう接すればいいのか、本当に悩みます。
DNRの方針を聞かされていても、家族の言動から「本当にこれでいいのか」と感じることもあります。
「迷惑をかけるから」という理由で、自分の本当の気持ちを曲げないでほしい。生きたいなら、生きたいと言っていい。そのために医療はあります。
私自身の選択 元看護師の本音
子供のいない独身の私は、自分のことについてはかなりドライに決めています。
余命宣告を受けたら、ホスピスに入りたいと思っています。できれば海が見える場所がいい。
それが夢です。現実はお金の問題と、その時に空きがあるかどうかですが。
私自身は延命治療を望まないという意思を持っています。点滴は水分補給程度でいい。会いに来てくれる人、姪や甥、妹、最後に顔を見てもらえればそれで十分です。来てくれた人が「悔いがない」と思えるなら、それでいい。
痛みがある時はモルヒネを使ってほしい。血圧が下がって急変するリスクがあっても、痛いのは嫌です。そして、吸引はしなくていいです。
看護師は痰が絡んでの死亡を避けようと必死に吸引します。時には出血することもある。私はそこまでしてもらわなくていい。痰が絡んで逝っても構わないと本気で思っています。
(※これは私自身の考えであり、医療的に推奨するものではありません。)
私は肌が弱いので、寝たきりになればおそらく褥瘡(床ずれ)ができると思います。そこから敗血症になるかもしれない。そんなことも時々考えなが褥瘡の処置をしてました。そこまで覚悟しています。
看護師だから言えることかもしれません。冷たいと思われるかもしれません。でもこれが、現場を見てきた私の正直な気持ちです。
これは私自身が作成したリビングウィル(終末期医療に関する意思表示)です。
今後考えが変われば書き直すこともできますが、現時点での私の意思を家族へ伝えるために準備しました。

リビングウィルに正解はありません。私の考えも、医療現場での経験を踏まえた一つの選択です。
大切なのは、元気なうちに自分はどうしたいのかを家族と話し合い、必要に応じて医療者へ相談しながら意思を共有しておくことだと思います。
まとめ 自分の意思は、元気なうちに
- ホスピスと緩和ケアはほぼ同じもの。場所がホスピス、考え方が緩和ケア
- 外見だけで人を判断してはいけない・・・現場での反省
- 人工呼吸器は一度装着すると外すことが非常に難しい
- 胃ろうを選ばなかった家族は、関わり続けることで十分
- DNRは「何もしない」ではなく「蘇生処置をしない」という選択
- 点滴にも種類がある・・・水分補給と栄養補給は別もの
- 施設選びは「看取りができるか」を必ず確認する
- 「迷惑をかけるから」で本当の気持ちを曲げないでほしい
- 自分の終末期の意思は、元気なうちに家族に伝えておく
終末期の選択に、正解はありません。でも「自分はどうしたいか」を考えておくことは、自分のためだけでなく、残される人のためにもなると思っています。
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