ただ、時が過ぎていくだけでした。
流れているのか止まっているのかも分からない。そんな日々が続いていました。
コロナ禍の施設で、限界まで働いていた
私は老人施設で働いていました。
第一波のコロナの流行は、言葉では言い表せないほどの大変さでした。自分自身の不安と恐怖。家族に感染させてしまうのではないかという葛藤。それでも、使命がありました。施設の入居者様は、私にとって家族同然の存在だったからです。心の中でいつも葛藤しながら、それでも現場に立ち続けていました。
そんな中、甥が突然亡くなりました。20歳でした。
コロナはまだ流行し続けていて、施設ではクラスターが発生していました。甥の葬式(家族葬)には何とか参加できましたが、仕事が休めたのはその日だけでした。今振り返ると、家族より仕事を優先してしまっていたように思います。
施設がようやく落ち着きを取り戻したころ、今度は自分の体が悲鳴を上げました。気が抜けたのでしょう。下血。潰瘍性大腸炎の悪化でした。甥の死の悲しみが、今になって一気に押し寄せてきました。施設では日々、入居者様の死と向き合い、自分の無力さを感じ続けてもいました。施設長の方針とも合わなくなっていた私は、少しゆっくり休みたいという気持ちもあり、退職という選択をしました。
復帰した矢先に、脳出血
1年半ほど休養したころ、以前勤めていた職場から連絡が来ました。施設長が移動したから、パートでもいいので戻ってこないかと。
嬉しかった。少しずつ前に進めると思っていました。
でも、職場復帰した矢先に脳出血で救急搬送されました。退院後、社会復帰ができるのかという不安を抱えながら、リハビリの日々が始まりました。
YouTubeの見方も知らなかった私が
そんな中、甥のことを思い出すたびに、甥がなりたかったYouTuberのことが頭をよぎりました。
恥ずかしながら、当時の私はYouTubeの見方すら知りませんでした。友達にYouTubeの見方を教えてもらい、ただひたすら動画を見る日々が続きました。何を見ていても、やる気は起きない。ただ、時が過ぎていくだけでした。
そんなある日、よみぃさんが演奏する「千本桜」に出会いました。圧倒的な技術と表現力。気づいたら涙が出ていました。
「ここまで弾けるようになるには、どれだけの努力をしてきたのだろう」
それからは毎日、朝から晩までストリートピアノの動画を見続けました。そして自分に問いかけるようになりました。「私はこれまで、何かにここまで努力したことがあるだろうか」と。
甥の代わりに、私がYouTuberになろうかと
甥がなりたかったYouTuberに興味を持ち始め、代わりに私がYouTuberになろうかと考えるようになりました。
調べると、徒歩で行ける距離にパソコンスクールがありました。相談に行くと「YouTubeは教えていないけれど、Twitterなら教えられます」とのことでした。それでもいい、と思いました。この一歩がなければ、その後のゴミ拾いも、このブログも生まれていなかったと思っています。
「福拾い」との出会い
リハビリで公園を歩いていたとき、X(旧Twitter)で「ゴミ拾い」の投稿を毎日見るようになりました。ゴミ拾いならリハビリがてらできるかもしれないと思うようになりました。
たった数個のゴミを拾っただけで、気持ちが驚くほど軽くなりました。土の匂い、春の芽吹き、鳥の声、朝の光。リハビリのために歩いていたはずが、自然に癒される時間へと変わっていました。
投稿に届く「いいね」や温かい言葉。同じように頑張っている人たちとの静かなつながり。SNSは、顔を合わせなくても寄り添ってくれる「心地いい距離」があって、それが心の支えになりました。
自然は何も求めない
花はただ咲き、木はただそこに立ち、海はただ広がっている。雨が降れば大地を潤し、風が吹けば木々を揺らす。その営みは、人の努力や成果とは無関係です。
だからこそ自然の中にいると、ありのままの自分でいいと感じられます。続けられなくても、何もできなくても、ただそこにいていい。自然はそう伝えてくれます。
たくさんの死を受け止めてきた分、空を見上げることが多くなりました。飛行機雲を見かけたとき、なぜか特に嬉しい気持ちになります。
今は、海岸や街中で
今住んでいる場所では、ゴミの処分は有料です。海岸のゴミは回収日が決まっていて、ボランティアゴミも生活ゴミと一緒で決まった日に出さなければなりません。だから、毎日というわけにはいきません。
でもゴミ拾いができない日も、家庭ゴミを減らす工夫は続けています。
福拾いから始まったこの気持ちは、今では地球への恩返し、そして「恩送り」へと変わっています。恩送りとは、誰かから受けた親切や恩を、直接その人に返すのではなく、別の誰かへと送ること。引っ越しをして、今は海岸や街中でゴミを拾いながら、誰かへ何かを送り続けたいと思っています。
死を考えた夜のことを、正直に書きます
正直に言います。
私も、死を考えた夜が何度もありました。
私が踏みとどまれたのは、家族がいたから。友達がいたから。
でも、それが全てではないと思っています。
親に傷つけられた人も、友達にいじめられた人も、家族も友達もいないと感じている人も、います。それはあなたのせいじゃない。
そういう人にこそ、自然は黙って寄り添ってくれます。何も言わずに、ただそこにいてくれる。見返りも求めず、責めることもなく。
空はいつでも、あなたの上にあります。
どうしていいか分からなくなった時もありました。介護の現場で行き詰まった時も。自然に触れながら「なんとかなるさ」「時の流れに身を任せよう」と自分に言い聞かせた夜もありました。
それでも、前を向こうとする気持ちだけは手放さずにいました。
生きていることは、奇跡なのだから。
もし今、消えてしまいたいと思っているなら、一人で抱えないでください。
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