「お墓の問題」は、考えたくないけれど、ある日突然目の前に現れます。
私がそれを実感したのは、義父が亡くなったときでした。
義父には立派なお墓がありました。義父の父と母が眠る、きちんと管理された墓石です。長男だった義父は、当然そこに入るものだと、誰もがそう思っていました。でも現実はそう簡単ではありませんでした。
元気なうちは「橋の下に投げていい」と笑っていた義父が
義父は、元気なころはよくこんなことを言っていました。「死んだら橋の下に投げていい」「検体でかまわない」と。笑いながら、軽い口調で。
でも、だんだん体力が落ちて、自分のことが自分でできなくなってきたころ、ふと言ったのです。「やっぱり、両親が眠る墓に入りたい」と。
人の気持ちは変わります。元気なときと、弱ったときとでは、死への向き合い方も違ってくる。それを間近で見ていた私は、「自分の気持ちも、きちんと言葉にして残しておかなければ」と思うようになりました。
戒名がなければ、入れない
義父と母は再婚し、20年以上をともに過ごしました。その後、離婚はしましたが、母には義父への感謝の気持ちがありました。母と妹と話し合い、「義父が亡くなるまでは、お墓の使用料は私たちで払おう」と決めていました。
長男は「離婚したんだから関係ない」と言いました。
義父の直葬には、長男やその子どもたちは来てくれました。でも、長男の奥さんの姿はありませんでした。それぞれの事情があるとは思います。ただ、そのとき私は、「義父を見送るのは、結局私たちなんだ」と静かに覚悟を決めました。
住職に相談したとき、こう言われました。「戒名がなければ、このお墓には入れません。このままでは無縁仏になる可能性もあります」
頭が真っ白になりました。あの立派なお墓が、誰にも守られないまま残されてしまうかもしれない。
使用料を払い続けた者に、権利がある
義父が亡くなってからも、使用料を払い続けてきたことを住職に話すと、「使用料を払い続けてきた方に権利があります」と言ってくださいました。その一言が、どれほど救いになったか。
義父の妹の夫に墓じまいの相談をすると、最初は「自分も今は体調が悪い」と門前払いでした。金銭面や手続きへの不安もあったのだと思います。
そこで私は「お金は一切いりません。手続きもこちらでやります」と伝えました。実は事前に住職と相談して、だいたいの費用を把握していたのです。「これなら自分たちだけでもなんとかなる」と計算したうえでの言葉でした。
後日、「わかりました」という返事が届き、お気持ちのお金まで送ってきてくれました。そうして、墓じまいと合葬という形で、義父をようやく見送ることができました。
遠いお墓は、誰が守るのか
義父のことが落ち着いたころ、今度は妹のことが頭をよぎるようになりました。
妹の息子、私の甥は20歳という若さで突然この世を去りました。あまりにも突然のことで、今でも信じられない気持ちがあります。甥のお墓は妹が住む場所からかなり離れたところにあります。駅からも遠い。妹は車を運転できません。旦那方の親戚との関係もあるため、遺骨を移すことも簡単ではなく、今は宙ぶらりんの状態が続いています。
年を重ねるにつれて、墓参りはどんどん難しくなっていきます。それは妹だけの問題ではありません。
私の母は福島生まれで、今は神奈川に住んでいます。母の姉も弟も相次いで他界しましたが、高齢になった母には福島まで墓参りに行くことが難しくなっています。去年、母の弟が亡くなったときも、私が体調を崩していたこともあり、一年後にようやく兄の車で墓参りに行きました。兄も遠距離の運転が厳しくなってきています。
福島のお墓は今、住職も不在です。地元の方にお金を払って守ってもらう手続きはすでに終えたそうですが、その金額を聞いたとき、正直びっくりしました。お墓を「維持する」ということは、目に見えない費用がずっとかかり続けるということでもあります。
いとこも、2〜3年後には他県への移住を考えています。そうなれば、福島に残る親戚はいなくなります。
「お墓はある。でも、行けない」。そんな現実が、静かに近づいてきています。
母は海洋散骨を希望している
母は知人が海洋散骨をしたという話を聞いて、「私も散骨がいい」と言うようになりました。
長男は近くにお墓を購入していて、母が亡くなればそこに入れるつもりでいます。でも母の希望は散骨。家族の中でまだ答えは出ていません。
正解はないのだと思います。残される側の気持ちと、逝く本人の気持ち。どちらも大切で、どちらも無視できない。
私自身は、海に還りたい
実は私も、一時期「検体」を考えたことがあります。医学の役に立てるなら、それでもいいと思っていた時期がありました。検体を終えてから散骨という方法もあると知り、それも選択肢として考えました。今もまだ少し迷っています。でも最終的には、やっぱり散骨がいい。そう思っています。
私は海が好きです。すでにパンフレットを取り寄せて、家族にも伝えてあります。
海の近くに引っ越すことを決めたとき、家族には「津波が来たら危ない」と心配されました。でも私はこう答えました。「もし津波に流されても、遺体が見つからなくても探さなくていいよ」と。
東日本大震災のあと、遺体が見つかるまで何年も探し続けるご家族の姿をニュースで見て、胸が痛くなりました。残された人がそこまでしなくていいように、せめて自分のことは自分で決めておきたいと思っています。
体調もすぐれず、墓参りに行くことも難しくなってきています。結婚もしておらず、子どものいない私が亡くなった後、誰かに負担をかけたくない。それが正直な気持ちです。
でも同時に、母が亡くなったときには「手を合わせる場所が欲しい」とも思っています。お墓である必要はないかもしれない。手元供養でも、海でも、心の中でも。
海洋散骨とは?費用と流れについて
海洋散骨とは、遺骨を粉骨(パウダー状に砕く)したうえで、海に撒く供養の方法です。墓地は必要なく、費用は一般的なお墓と比べてかなり抑えられます。
- 個人散骨(貸し切り):15万〜30万円程度
- 合同散骨(複数の方と一緒):3万〜10万円程度
- 委託散骨(業者に任せる):3万〜8万円程度
業者を選ぶときは、「一般社団法人日本海洋散骨協会」などに加盟している業者を選ぶと安心です。散骨場所や当日の流れについても事前に確認しておくといいでしょう。
また、遺骨の一部を手元に残してペンダントや骨壷に入れる「手元供養」と組み合わせる方も増えています。「海に還したいけれど、手を合わせる場所も欲しい」という気持ちに寄り添った選択肢です。
お墓に代わる供養の選択肢
「お墓を持つ・守る」ことが難しくなってきた今、供養の形は少しずつ変わってきています。
- 合葬墓(永代供養墓):他の方と一緒に埋葬される形。寺院や霊園が永代にわたって管理してくれるため、継ぐ人がいなくても安心。費用は5万〜30万円程度。
- 樹木葬:木や花の下に埋葬される自然葬の一種。墓石が不要で費用も抑えられる。近年人気が高まっている。
- 海洋散骨:上記参照。
- 手元供養:遺骨の一部をペンダントや骨壷などに入れて自宅で供養する方法。散骨との組み合わせも可能。
どれが正しいということはありません。大切なのは、自分と家族にとって「納得できる形」を選ぶことだと思っています。
答えは一つじゃない。時と共に変わっていい
義父も、元気なころは「橋の下に投げていい」と言っていたのに、最後は「両親のそばに」と願いました。気持ちは変わります。それでいいと思います。
義父のお墓のことも、甥のお墓のことも、母の散骨希望も、私自身の迷いも、どれも「今の答え」であって、これからも変わり続けるかもしれない。
大切なのは、「今、自分はどう思っているか」を誰かに伝えておくこと。そして、残された人が抱える気持ちに、少しでも寄り添えること。
お墓の問題は、死の問題です。でもそれは同時に、どう生きるかという問いでもある。答えを急がなくていい。ただ、考え続けることをやめないでいたいと、私はそう思っています。

