「エンディングノート」という言葉を聞くと、なんとなく「高齢者が死ぬ前に書くもの」というイメージを持つ方が多いと思います。
私もそうでした。でも実際に書いてみて、気づいたことがあります。
エンディングノートは、死の準備じゃない。「これからどう生きたいか」を気づかせてくれるものだ、と。
書いたきっかけは、脳出血でした
数年前、私は脳出血で倒れました。橋(きょう)という部位の出血で、開頭手術はせず保存療法で回復しましたが、めまい・耳鳴り・嚥下障害などの後遺症が残っています。主治医には「今の回復は奇跡だ」と言われました。
倒れたとき、真っ先に頭をよぎったのは「もし私が死んだら、誰も何も分からない」ということでした。口座はどこにあるか。保険は入っているか。不動産は。株は。何も整理していなかった。
退院してから、なんとなくエンディングノートを書き始めました。「ちゃんと書かなければ」という義務感ではなく、ただ、頭の中を整理したくて。
資産を整理したら、人生が動き出した
たいした資産はない、と思っていました。でも口座を整理して、保険を確認して、不動産と株の状況を書き出してみると、少しずつ全体像が見えてきました。
そこで気づいたのです。ローンを完済すれば、今の持ち家を人に貸せるかもしれない、と。
実はローンを組んだときから、無理のない金額に設定していました。月々の返済額は「自分がアパートを借りる家賃と同じくらい」を目安に。ボーナス払いなし、変動金利で。「返せなくなったら困る」という不安を最小限にしておいたことが、後になって功を奏した気がします。
実際にローンを完済できたのは、兄弟や甥や姪の協力もありました。一人ではできなかったと思っています。
家を賃貸に出すと、毎月家賃収入が入るようになりました。「仕事ができない=収入がない」という漠然とした不安が、少しずつ薄れていきました。自分の資産がどのくらいあって、どのくらいあれば生活できるのかが分かったからです。
贅沢はできません。でも今は、充実した生活が送れていると感じています。エンディングノートを書いたことが、引っ越しを決意するきっかけになりました。
書いているうちに、昔の夢を思い出した
資産のことを書き終えて、「これからやりたいこと」の欄を前にしたとき、ふと昔のことを思い出しました。
若いころ、私はダイビングが好きでした。販売の仕事をしていたので、GWや夏休みは仕事でしたが、オフシーズンにまとめて休みを取り、安く海外へ行っていました。ダイビングは海外のほうが安い。乗り継ぎを駆使して、食事なしのアパートメント型の宿に泊まって、それでも夢中で潜っていました。
そのころ、初めてモルジブに行きました。憧れていた場所です。でも予算の関係で泊まったのは安い宿。ボートで移動するとき、水上コテージが並ぶリゾートを横目で通り過ぎました。
「いつか、あそこに泊まりたい」
そう思って、お金を貯め始めました。でも現実は、バブル崩壊。転職して、新しい現場に慣れることで精一杯になって、気づいたらダイビングどころか、国内旅行にも行けなくなっていました。
引っ越してきてからも、体調を崩して近場にさえ行けない時期が続きました。「もう旅行なんてできないかもしれない」と、どこかで諦めていたと思います。
でもエンディングノートを書いていたとき、その記憶がふと浮かんで、気づいたのです。「海外は難しくても、国内なら行けるかもしれない」と思っている自分に。
今年、鎌倉へ行こうと計画しています。明月院の紫陽花、長谷寺、建長寺。まだ計画中ですが、それだけで少し心が軽くなっています。
エンディングノートに書いておくといい項目
難しく考えなくて大丈夫です。書ける項目から、少しずつ。
① 財産・お金のこと
- 銀行口座(銀行名・支店・種別)
- 保険(生命保険・医療保険・証券番号)
- 不動産・ローンの状況
- 株・投資信託など
- クレジットカード・サブスクリプション一覧
② 医療・介護の希望
- かかりつけ医・服用中の薬
- 延命治療についての考え
- 介護が必要になったときの希望(自宅・施設など)
③ 葬儀・お墓について
- 葬儀の希望(家族葬・直葬・一般葬など)
- お墓・散骨・手元供養の希望
- 戒名の要不要
④ 家族・大切な人へのメッセージ
- 感謝の言葉
- 伝えておきたいこと
- ペットの世話をお願いしたい人
⑤ これからやりたいこと
- 行きたい場所
- 食べたいもの
- 会いたい人
- 挑戦してみたいこと
⑤が一番大事かもしれません。書いているうちに「あ、まだやりたいことがある」と気づけるから。
いつ書けばいいの?
「元気なうちに」が答えです。でも、何歳からでも遅くありません。
私が書き始めたのは、脳出血のあとでした。でも振り返れば、もっと早く書いておけばよかったとも思います。若いころに書いていたら、あのモルジブの夢を、もう少し真剣に追いかけられたかもしれない。
「まだ若いから関係ない」と思っている方にこそ、一度書いてみてほしいのです。
完璧に書かなくていい。まず「見るだけ」から
エンディングノートは、提出するものではありません。誰かに見せる必要もない。書けない項目があっても、空白のままで大丈夫。
大切なのは、定期的に見直すことです。気持ちは変わります。状況も変わります。書いた内容が古くなっても、それはそれでいい。そのとき書いた「自分の気持ち」が残ることに意味があります。
義父も、元気なころは「橋の下に投げていい」と笑っていたのに、最後は「両親のそばに眠りたい」と言いました。人の気持ちは変わる。だから、何度でも書き直せばいい。
まず、ノートを一冊用意するだけでいい。書けそうな項目から、ゆっくり始めてみてください。
