離婚・看取り・供養を経験して考えた、後悔しない選択
終活や断捨離を進める中で
多くの人が立ち止まるのが 「仏壇をどうするか」 という問題です。
処分していいのか。
残すべきなのか。
誰に相談すればいいのか。
私自身、この問題に直面し、
簡単には答えを出せませんでした。
義理の父の看取りと死後の供養
そして離婚後も続いた仏壇との向き合い方を通して
仏壇は「物」ではあるけれど、
単なる物として割り切れない存在だと強く感じました。
このページでは
私自身の体験をもとに
仏壇の処分をどう考えればいいのか
後悔しにくい選択肢を整理します。
仏壇は「物」だけれど、「物」では割り切れない
仏壇は、家具や家電とは違います。
- 先祖を祀ってきた場所
- 家族の記憶が詰まった存在
- 日々手を合わせてきた対象
だからこそ
「不要だから処分する」という判断が
とても重く感じられます。
私が断捨離を進める中で
一番判断に迷ったのも
まさにこの仏壇でした。
離婚後も続いた、仏壇との向き合い方
義理の父方の仏壇は
母と義理の父が離婚したあとも
私たちの生活の中にあり続けました。
母は
「ご先祖様には罪はないから」と言って
離婚後も毎日欠かさず仏壇に手を合わせていました。
形式ではなく
気持ちとして向き合っていたのだと思います。
一方で
私の 義理の姉からは
とても冷静にこう言われました。
「別れたのに
どうして義理の父の仏壇があるの?」
責める口調ではありませんでしたが
その言葉は現実的で
避けてきた問題をはっきり突きつけられた気がしました。
今振り返ると
離婚という節目の時点で
もう少し真剣に仏壇のことを考える余地があった
のだと思います。
菩提寺に相談して分かったこと
どうすればいいのか分からず
菩提寺の住職に相談しました。
そのとき
「仏壇の一部を持参すれば、魂抜き(閉眼供養)はできますよ」
と言っていただきました。
仏壇すべてを運ぶ必要はなく、
- 仏壇に祀られていた菩薩様
- 仏壇の一部
を持参する形で
閉眼供養を行いました。
この言葉に
「すべてを背負い込まなくていい」
と救われた気がしました。
このとき
仏壇の相談とあわせて
義理の父の死後や供養についても
簡単ではありますが話をしています。
義理の父の死後、現実として直面した問題
義理の父には
菩提寺もあり
両親が納骨されているお墓もありました。
一見すると
納骨や供養で迷う状況ではないように見えます。
しかし、現実は複雑でした。
- 義理の父は三人兄弟の長男
- 長女は癌で他界
- 妹は高齢で施設入所中
- 親族との関係はほぼ途絶えている状態
私は義理の父と養子縁組をしておらず
母とも離婚しているため、
戸籍上は他人になります。
このままでは、
将来的に無縁仏になる可能性がある
という現実がありました。
生前の希望と、寺院からの説明
義理の父は生前
- 両親の墓に入りたい
- 戒名はいらない
と話していました。
その希望を住職に伝えたところ
「戒名がないと、先祖代々のお墓には入れられない」
という説明を受けました。
また
継承者がいないことを踏まえ
- 納骨堂
- 合葬
といった選択肢を提案されました。
ここで初めて
菩提寺があっても
希望どおりに進まないことがある
と実感しました。
合葬という選択
住職の話を受け
妹とその夫に相談しました。
- 義理の父の生前の気持ち
- 戒名の問題
- 継承者がいない現実
これらを踏まえた結果、
合葬という形で供養することを選びました。
「大げさにしなくていい」
という義理の父の考えと
現実的に続けられる形。
その両方を考えた判断でした。
仏壇は、必ず残さなければいけないものではない
これらの経験を通して感じたのは
仏壇は必ず残さなければならないものではない
ということです。
仏壇は
故人や先祖を思うための「形」の一つ。
形を変えることが
供養をやめることにはなりません。
仏壇をどうするか、主な選択肢
仏壇について考えるとき、
次のような選択肢があります。
- 閉眼供養を行い、仏壇を処分する
- 小さな仏壇や手元供養に形を変える
- 永代供養・合葬を選び、仏壇を手放す
- すぐに決めず、しばらく保管する
どれが正しいということはありません。
続けられる形かどうかが、
一番大切だと感じています。
後悔しないために大切だと感じたこと
仏壇の問題で後悔しやすいのは
- 誰にも相談せずに決めたとき
- 気持ちの整理がつかないまま進めたとき
だと思います。
後悔を減らすためには
- 専門家(寺院など)に相談する
- 家族と話す
- 選択肢を知る
この3つがとても大切でした。
まとめ 仏壇の問題は、人生の節目と一緒に考えていい
仏壇は
人生の変化と切り離して考えられるものではありません。
- 離婚
- 介護
- 看取り
- 住まいの変化
そうした節目で
少し立ち止まって考えることは
決して間違いではありません。
早く決められなかったことを
責める必要もありません。
ただ
「亡くなってから考えるもの」ではなく
生きているうちに少しずつ考えていい問題
なのだと、今は感じています。
この経験が
同じように仏壇のことで迷っている方の
参考になれば幸いです。

