残された人が一番困るのは「思い出の量」かもしれません
身近な人が亡くなったあと
意外と大きな負担になるのが 写真の整理 です。
私がそれを強く実感したのは
甥が亡くなったときでした。
甥の写真整理は、本当に大変でした
甥が亡くなったあと
残された写真の量は想像以上でした。
- アルバム
- スマートフォン
- パソコンやクラウド
- 家族それぞれが持っている写真
どれも捨てられず
でもすべてを見るのはつらい。
写真を整理するたびに
気持ちが引き戻されてしまい
作業は何年もかかりました。
その様子をそばで見ていて
私は強く思いました。
これは、残された人にとって
あまりにも重い作業だと。
「写真を残す=やさしさ」ではない場合もある
写真は
大切な思い出です。
でも同時に
量が多すぎると
整理する側の心を消耗させます。
- どれを残すべきか
- 捨てていいのか
- 忘れてしまうようで怖い
写真には
判断と感情が同時にのしかかります。
だから私は、写真を整理することにしました
甥のことがあってから
私は自分の写真を見直しました。
そして
- 残す写真は 数枚だけ
- それ以外は デジタルデータとしてUSBにまとめる
という形を選びました。
量を減らすことで
「選ぶ人の負担」を減らしたかったからです。
USBにまとめた理由
デジタルデータを
USBにまとめたのは
- 一目で分かる
- 持ち運びができる
- 必要なら複製できる
という理由からです。
写真の場所が分かっているだけで
残された人は安心できます。
見るかどうか
残すかどうかは
その人の判断に任せられます。
写真は「全部残さなくていい」
写真は
全部残さなければならないものではありません。
- 自分らしい数枚
- 見てほしい表情
- 人生を思い出せる写真
それだけあれば、十分だと思っています。
思い出は
写真の数で決まるものではありません。
写真整理も、立派な終活のひとつ
写真を整理することは
冷たい行為ではありません。
それは
- 残された人を思うこと
- 迷わせないこと
- 背負わせないこと
につながる
とても現実的な終活だと感じています。
まとめ 残すのは「思い出」ではなく「負担を減らす選択」
甥の写真整理を通して
私は多くのことを学びました。
だからこそ
自分の写真は少なく、分かりやすく。
- 数枚の写真
- まとめたデジタルデータ
- 場所が分かる形
それで十分だと思っています。
残された人が
「どうしよう」と悩まなくて済むこと。
それもまた、
私なりの供養であり
やさしさだと感じています。

